友ヶ島 本土編の1 @和歌山県和歌山市



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はい、こんにちは。

前回2018年7月18日(水)「友ヶ島 行き方編」からの続きです。

アクセスは、「友ヶ島 行き方編」でお願いします。

続きの「本土編の2」こちらです。

今回の内容は、

・深山重砲兵連隊跡

・深山第一砲台跡

・展望園地

・深山第二砲台跡

になっています。

では、行ってみましょう。

「深日中央」の交差点から県道65号線を走って来て、この「大川トンネル」を抜けたところからスタートです。

深山重砲兵連隊跡


大川トンネルを抜けて500mほど行くと、右カーブになっています。

その頂点のところ左側が、紀州加太休暇村駐車場の入口になっています。

広い駐車場。

トイレもあります。

奥はオートキャンプ場になっているようです。

この駐車場の片隅に、「深山重砲兵連隊跡」があります。

こんな感じ。

「昭和40年5月 建立 深山重砲兵連隊遺跡保存会」

まぁ、ここにはこれだけしか無い訳ですが、ルート上にあるし、トイレもあるしで、ついでに寄っておいてもいいですかね。

トイレ横にある地図。

現在地は画面外上。

この次向かうのは、「深山第一砲台跡」ですが、現時点でルートがはっきり分かっていません。

確認しておきましょう。

グーグルマップには、こういう地図は載っていないので、助かります。

海岸へ降りるルートも見つけることが出来ました。

道の途中に駐車場がありますが、その横から入れるようですね。

この駐車場は数台しか停めれないはずですが、今日は平日だし、時間も早いので大丈夫でしょう。




深山第一砲台跡 & 深山第一砲台展望広場


「 深山重砲兵連隊跡」を見終わり、駐車場から道をみると三差路っぽくなっています。

右上に登るルートがあります。

「休暇村紀州加太」へ向かうルートです。

その道を進みます。

600mほど進むと、右側に駐車場が見えてきます。

ここです。

ここに停めて、すぐ横の入口へ向かいます。

が。

工事中だって!?

なんてこった。

木作改修のため8月15日まで工事ですか。

参りましたね。

こちらは海岸へ降りるルートです。

海へ700m。

砲台跡の方は立ち入り禁止になってはいないようです。

とりあえず行ってみますか。

どこまで行けるか分かりませんが、せっかく来ましたしね。

海岸へ抜けるルートには、こちらからも回れるはずです。

もしかしたら行けるかもしれません。

僅かですが、希望がありますね。

その前に、第一砲台跡へ着けるかどうかですが。




まぁ、行きますか。

地面はこんな感じです。

道横の地層?

200m先工事中

50m先工事中

あーもー、頼むよホント。

なんか、壁。

古いのか新しいのか分かりません。

向いに階段がありました。

上がってみるとこんな感じ。

進む気になれない。

下をみるとこんな感じ。

降りて少し進むとここです。

それにしても、コーンで風景が台無しです。

左の階段は、先ほどの階段を上がってそのまま進むと着くであろう階段です。

階段の向こうにも道があるようですが、その右に降りれそうなところがありますね。

右の坂は後にして、これらの方へ進んでみますか。




おっと、来ました。

この辺りが「深山第一砲台跡」のようです。

横の階段を降りてみましょう。

うーむ、雰囲気バツグンですね。

全然詳しくないですが、こういう造りにしてあるのは理由があるんでしょうね。

中は真っ暗ですね。

振り返ったところ。

中に入ってみましょう。




外は暑いですが、中はヒンヤリ。

懐中電灯持参。

抜かりはありません。

隣の部屋へ抜けることが出来るようです。

天井。

通気口?

中から外を。

出ました。

階段はジメジメしています。

階段を上ります。

何だか時間の流れを感じます。




まだ先がありますね。

結構規模が大きいですね。

進むとここに出ました。

ここが砲台跡のようですね。

砲台跡

この場所はかつての由良要塞の一つ深山第一砲台の跡です。ここには28cm榴弾砲の砲台が6門編成で置かれていました。砲台は2門ごとに仕切られ、トンネルの通路でつながっていました。現在、砲台はありませんが、トンネルの通路や地下の弾薬庫などが残っています。

「胸しょう」赤レンガではないのが気になりますね。

場所が違うのかな?

それとも、後から赤レンガになったのかな?

なるほど、砲台の跡が2つありますね。

奥の下の方の壁が「胸しょう」ですか。

上にある土は当時は無かったのですかね。

分かりません。




先に進みますか。

二つ目の砲台跡。

先ほどもありましたが、奥の階段を上ると、

展望園地に行けるようです。

今は上らずに、先に進みます。

コーン・土嚢・手摺が無ければ完璧なんだけどな。




真ん中のところは飛ばしましたが、また弾薬庫に降りてみますか。

やっぱり、暗いなぁ。

さっきと違って、手前にスペースがありますね。

げっ、カマドウマ

あまり好きじゃない。

こっちは巨大ゲジゲジ

そうとうデカイです。

大嫌いです。

こうやって普通に書いていますが、この真っ暗でゲジゲジが居るような場所

私一人

ですからね。

付近には誰もいません。

出るとしますか。

出ると、三つ目の砲台跡です。

階段がありますが、後ろに道がありますから、そちらから回りましょう。




先に標識がありますね。

道は右に回り込んでいます。

どうも、案内が逆のような。

上から見た砲台跡

少し進んで見つけた海岸ヘのルート

こちら側からも入れないようですね。

今回は諦めますか。

残念。

由良要塞の歴史

由良は古くから瀬戸内海に入る交通上の要地であり、中世からは軍事的な意味から大阪湾の守りの地でした。要塞は大きく淡路島の由良・和歌山県の友ヶ島・加太の3つに分かれ、大阪湾に侵入する軍艦を迎え撃つため、合計17か所に砲台が置かれました。

ここ深山第一砲台は、明治25年に着工され、32年に正式に由良要塞に編入されてから、昭和20年の終戦時まで使用されていました。

ここから見える友ヶ島。

手前は地島。

展望園地に着いたようです。




3つの瀬戸

 瀬戸内海の「瀬戸」という言葉は、狭い門という意味の「狭門(せと)」の変化したものともいわれています。陸地と陸地の間に海が挟まれた海峡という意味です。ここ瀬戸内海の国立公園は、たくさんの島々にかこまれた瀬戸の景観が魅力です。

瀬戸では潮の満ち引きによって潮流がはやくなり、川のような流れや渦潮など特徴的な現象がみられます。鳴門海峡の渦潮は有名です。

ここ加太と、目の前に浮かぶ友ヶ島、その向こうに横たわる淡路島の間にも、3つの瀬戸が形成されています。友ヶ島と淡路島の間にある由良瀬戸では、速いときで時速6.5kmの潮流がが観測されます

下の断面図のとおり、最も深い由良瀬戸は197mもありますが、手前の加太瀬戸の深さは65m、中ノ瀬戸は118mです。このことから、大昔は加太と友ヶ島は陸続きだったと考えられます。

ここからの景色は中々ですね。

もちろん、双眼鏡は持ってきていますよ。

今回は歩き回りますから、携帯性重視で軽いものにしています。

さぁ、ここは見終わったようですから、帰るとしますか。

行きに登らなかった坂を下り中。

下に弾薬庫の通路が見えますね。

後は駐車場へ戻ります。

海岸にある、海軍由良水雷隊遺跡に行けなかったのが残念です。




深山第二砲台跡


ここは、深山第一砲台跡へ行くときの道路の延長線上にある、休暇村紀州加太

のすぐ脇にあります。

休暇村駐車場からそのまま行けますが、同じ敷地内なのかどうかは分かりません。

この付近にある駐車場は休暇村の施設利用者専用のようですから、深山第一砲台跡のところの駐車場か、更に下のオートキャンプがある駐車場に車を停めて徒歩で行くことになります。

まぁ、ここははっきり言ってイマイチなので、無理に寄ることはないかもしれません。

休暇村の敷地に入ってすぐ横にあります。

送迎バスの横辺りです。

弾薬庫跡

第二次大戦中、休暇村一帯は深山重砲連隊が大阪湾の入り口を守っていたが、その砲台跡及び弾薬庫跡等が遊歩道周辺に残っています。

ここですね。

規模は小さそうです。

ここだけかあ。

中から。

一応、この弾薬庫跡の裏にも回ってみましたが、

水道施設があるだけで、他には何もありませんでした。




休暇村の敷地の奥には見晴らしの良いところがありました。

こんな感じです。

が、たまたまトイレを借りに入った建物の中からは、更に良い景色がみれました。

真ん中に突き出ているのが城ケ崎。

その向こうが加太湾。

一番向こうが田倉崎。

「田倉崎灯台」へは後で行きます。

いい景色ですね。

手前が地島。

奥が沖ノ島。

まだまだあるのですが、長くなるので今回は以上です。




お気に入りの動画を適当に紹介するコーナー


Bon Jovi – I Believe

そんな感じで、また次回。

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