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日本のプレートアーマー 三角板鋲留襟付短甲 堺市立みはら歴史博物館

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はい、こんにちは。

今回(2018.04.06(金))は堺市美原区にあります、堺市立みはら歴史博物館へ行って来ました。

近くを走っている国道309号線はよく通っていて、博物館の案内は見かけていましたから、「近くに博物館がある」ということは知っていました。

ただ、文字のみの案内であり、博物館の規模とか内容は分かりませんでしたので、なんとなーく行かずにいたんですね。

たまたまグーグルマップでここをチラッと見ましたら「甲冑があって結構イイ」みたいなことが書かれていましてね。

興味をそそられて行くことにしました。

結果的に「看板、惜しい!」って感じですね。

目玉の甲冑の写真とかが看板にあれば、既に行っていたかもしれません。

場所はこちら。

アクセス

あまり交通の便は良くありません。

自動車で行くか、電車+バスで行くことになりそうです。

〇近鉄南大阪線河内松原駅→近鉄バス余部行き「大保」下車徒歩すぐ。

〇南海高野線北野田駅から多治井循環バス(南海バスまたは近鉄バス)にて「黒姫山古墳前」下車徒歩すぐ。

車の場合、無料駐車場があります。

まぁ、満車になっているってことはないんじゃないかなと思います。

利用案内

開館時間:9時 ~ 17時15分

入場は午前9時30分から午後4時30分

休館日:月曜日(祝日のときは会館し火曜日休館)

祝日の翌日(土曜・日曜日、祝日のときは開館)

年末年始

展示室入館料:常設展200円

特別展期間中は500円

中学生以下、65歳以上、障害のある方は無料

駐車場有(無料)

喫茶店有り

では、参りましょう。

当日は生憎の雨パラパラ、かつ夕方(仕事帰り)という事もあって、

外観の写真は暗めになってしまいました。

入口を入るとまずあるのがこちら。

お好きな方はどうぞ。

受付はありますが、利用には利用券を券売機で購入するようです。

図書もこちらで一旦、券を購入するようですね。

ご案内。

今日は特別展はなく常設展のみなので、左下の展示室(1)と(2)、それに展示ロビーと展示ギャラリーのみ見てきました。

見ての通り、このマークがある資料は撮影禁止です。

が、このマーク、ちっちゃいんですよね。

あんまりデカデカと表示されていたら興醒めですから、いいんですけど、気付きにくいです。

撮影中、ファインダーとか液晶にこのマークが飛び込んで来たりするんですが、

「どぅわ!」

と驚いて、ちょっと後ずさりしたりしましたね。

空象

時の空ろのモニュメント 【とちの木】

木は時間をその体に刻み込む存在であるが、過去を現在が飲み込みながら成長して行く生命時計としてもとらえられる。すでに幹芯を失ってしまった巨木には逆にその空ろに、時の長さを感じとることができる。ここより奥、残された時間の断片から鮮やかによみがえる過去の息づかいを感じる時、この失われた空ろに感じる長い時間の脈動をたどれば、<無い>ところにある、確かな時空の感触を求め歴史との交信が展開する。

彫刻家 向山 潔

展示ギャラリー

美原風土記

1.旧石器時代から弥生時代

2.古墳時代

3.大化改新から奈良時代(その1)

4.大化改新から奈良時代(その2)

5.平安時代から鎌倉時代(その1)

6.平安時代から鎌倉時代(その2)

7.南北朝時代から江戸時代(その1)

8.南北朝時代から江戸時代(その2)

9.南北朝時代から江戸時代(その3)

10.明治時代から平成時代(その1)

11.明治時代から平成時代(その2)



展示室(1) 河内鋳物師(かわちいもじ)

ガラスの下にある遺構は、博物館の南側を通る道路の築造工事に先立ち行われた、真福寺遺跡の発掘調査でみつかった鋳造関連土坑群の中のひとつです。

左に写っているのは、「金剛輪寺梵鐘(複製)」です。

写真真ん中辺りにガラスケースに収められているのが、「旧新楽寺梵鐘」です。

モノホンです。

河内鋳物師が造った堺市にある唯一の梵鐘。

リンク先には滋賀県の管山寺の梵鐘も同じ人が造ったとありますね。

撮影禁止。

こちらも撮影禁止多数。

残念。

梵鐘製作工程模型。

溶解炉破片実物

出土したのは、現在の美原図書館付近の黒山遺跡。

溶解炉(こしき)は、土でつくった筒形をしており、そこに薪や木炭をつめ、その上に地金と木炭を交互に重ねて薪や木炭の燃える熱で金属を溶かす。

表面がキラキラ輝いているのは、炉内部の温度が極めて高く、溶けた金属の熱を長時間受けた結果、土の内部のガラス質が溶け出しているためだ。

この溶解炉破片は炉本体の側面部分と推測される。

直接触れることが出来ます。

撮影OKな復元品の釜。

地味ですね。

河内鋳物師の日々の生活

 河内鋳物師は、大工と呼ばれる技師長のもと、集団で鋳造作業を行っていたと考えれる。彼らは、鋳造作業を日常的に行いながら、農業にも従事する半農半工の状態であったと考えられる。

大工の指揮のもと、鋳型を作る作業は熟練した鋳物師が担当し、ある程度鋳型の数がそろった段階で、鋳型に鉄や銅などの金属を溶かして流し込む「鋳込み」の日程が設定される鋳込みの日は、早朝からコシキ炉(溶解炉)に火が入れられ、たたらが威勢よく風を送る。もっとも人数が必要となるときです。調子を整えるためにたたら歌が歌われ、金属が溶け、鋳型に流し込む適温になるまで、長く単純な作業が延々と続く。そして、鋳込みの作業は一瞬で終わる。

鋳込みが終われば、冷えるのを待って、鋳型が取り除かれ、研磨作業が行われる。工房の周辺には、研磨剤として利用された椋(むく)の木が植えられている。

余部遺跡から検出された屋敷跡や工房の建物跡は、河内鋳物師が活躍した当時の様子を生き生きと現在の私たちに語りかけてくれる。

他国の鋳物文化との比較

 こうした鋳物技術は、当時他国と比べてどういった特色を持っているのであろうか。鋳物技術の代表例として梵鐘で考察してみよう。その祖型は中国にあるが、中国製(中国鍾)・朝鮮製(朝鮮鍾)・日本製(和鍾)それぞれに洋式の変化がある。和鍾は中国鍾の系統を受けたもので青銅で鋳造され、深鉢を逆さまに置いたような形で、頂部に竜頭があり、鍾身は袈裟襷(けさだすき)によって縦横に区画され、両面に相対して一対の鍾座を備える。

一方、朝鮮鍾では、鍾身の外形は和鍾と同様であるが、袈裟襷の区画がなく、その鍾身に飛天・仏像等の文様を持つものが多い。さらに竜頭は単頭で、旗挿(きそう)と呼ばれる装飾筒がついている。朝鮮鍾は統一新羅時代に発達した。おそらく唐鍾を模倣しながら新羅文化の独自の創意を発揮させたものであろう。

中国鍾には、和鍾の祖形をなすものであることから竜頭や袈裟襷は似ているが、外形が裾の開いた洋式のベルに似た形のものもすでに唐代から作られている。それ以降、鍾身外観は和鍾系のものと裾の開いたものとの2種類が製作されているが、本邦に渡来しているものの大部分は後者に属している。

美原区埋蔵文化財分布図。

割と知っている土地であることもあって、興味を持って見れますね。

「美原高校とか、向いのスーパーの辺りは平尾遺跡なのか」

とか思ったり。

ていうか、遺跡だらけですね。



展示室(2) 黒姫山古墳(くろひめやまこふん)

出ました、日本のプレートアーマー、「三角板鋲留襟付短甲」

襟とか肩の辺りがイカしてますね。

日本の鎧っていうと、戦国時代の鎧のようなものを思い浮かべますが、こういうタイプもあったんですね。

肩甲部の革仕上げ模型

 甲冑は鉄で出来ているため、人体に直接触れる部分にユニークな処理が施されている。それが、この肩甲部の革仕上げだ。鉄の断面を革で覆い、先頭の際の激しい動きで脇や腕の付け根を傷つけないように工夫していることがわかる。

さらに、単に身体を保護するだけではなく、穴を通して革ひもで編み上げることで装飾性をも高めており、古代人の美意識がかなり高かったことが伺える。

黒姫山古墳

 全長114mにもおよぶ黒姫山古墳は、現代のような機械も存在せず、築造の全てを人力で行っていたことを思えば、地域にとってまさに大プロジェクトであり、当時の豪族の権力の強大さがしのばれる。

ここに展示されたような人頭大の葺石を斜面に敷きつめていく作業の厳しさは、現代人の想像を絶するものがある。この葺石は、石川から運ばれたものであると推測される。

古墳時代の甲冑の変遷

黒姫山古墳出土甲冑群

鉄の流通と甲冑の関係

全国出土甲冑との比較

甲冑出土古墳群一覧

甲冑出土状況配置図

出土甲冑の特徴

M13号小札鋲留眉庇付兜(こざねびょうどめまびさしつきかぶと)

T24号三角板鋲留短甲(さんかくいたびょうどめたんこう)(左右胴開)

S11号横矧板鋲留衝角付兜(よこはぎいたびょうどめしょうかくつきかぶと)

T4号三角板鋲留短甲(右前胴開)

黒姫山古墳外形実測図。

黒姫山古墳前方部竪穴式石室の出土品

 1947年(昭和22年)に発掘調査された、前方部の竪穴式石室の内部には兜と頸鎧(あかべよろい)を一組にして入れた24領の短甲と、草摺(くさずり)、鉄刀14本、鉄剣10本、鉄鉾9本、石突6点、鉄鏃(てつぞく)(長頸・細身)56本、刀子5本が出土しています。

内、短甲と兜は全て鋲留で短甲の型式は横矧板鋲留短甲12領、三角板鋲留短甲11領、不明短甲が1領で、横矧板と三角板を地金にするものがほぼ同数で三角板鋲留短甲の内1領が襟付短甲でした。

兜は衝角付兜と眉庇付兜があり、地金は横矧板と小札が認められていました。種別は衝角付兜が横矧板鋲留衝角付兜8頭、型式不明衝角付兜3頭で三尾金具が4点伴います。眉庇付兜は、横矧板鋲留眉庇付兜3頭、、小札鋲留眉庇付兜5頭、長方形小札鋲留眉庇兜1頭、型式不明眉庇付兜4頭の計24頭で、その他、武具の付属品として頸甲11点、肩鎧12点、草摺4点などがありました。

埴輪って、人の形をしていると思ってましたが、いろいろ種類があるんですね。

さば山古墳

さば山古墳は、全長34m、後円部の径27m、前方部長9m・幅11m、周溝幅約7mの帆立貝式古墳である。墳丘はすでに削平されており、埋葬施設は残存していなかった。墳丘には葺石があり、埴輪は円筒埴輪と朝顔型埴輪のみであり、築造時期は埴輪から見て6世紀前半と考えられる。

黒姫山古墳の陪塚のひとつと考えられていたが、その築造時期が若干ずれるところから、黒姫山古墳に続く首長層の古墳と考えられる。

黒姫山古墳の陪塚の詳細は不明であるが、周辺部から発見された小規模な方墳や円筒埴輪棺は、その規模も小さく、時期も黒姫山古墳やさば山古墳と併行することから、黒姫山古墳を含めて、黒姫山古墳群として新しく捉えなおす必要がある。

右下の撮影禁止を避けつつ撮影。

円筒埴輪。

靫(ゆき)形埴輪。

展示ロビー

パズル。

クイズ。

こんな感じでした。

まぁ、今回は特別展もありませんでしたし、実質2部屋のみですから規模としては小さいですね。

ですが、じっくり見れば結構楽しめますし、時間も掛かります。

個人的にはやっぱり「三角板鋲留襟付短甲」がイチオシですかね。

それに、この

河内鋳物師が造った「旧新楽寺梵鐘」ですね。

「プレートアーマーはカッコいいと思うけど、梵鐘は正直よく分からない。けど、レアっぽいから一応見ておこう」

そんな感じでいいと思います。

それに、特別展がなければ、たったの200円です。

地元の人が見れば郷土愛に目覚めるかも。

そんな感じで、また次回。

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