旧堺燈台 地味だけど味がある



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はい、こんにちは。

前回の散歩の続きで、旧堺燈台へ行って来ました。

現存する最古の木製洋式灯台です。

堀か川か分かりませんけど、それに沿った歩道を歩きます。

出会うのはほとんど散歩中の爺さん。

他に呼吸法か何かやってる兄ちゃんが一人だけ。

まだ工事中のところも。

正直、工事完成しても人はあんまり来ないと思うんですけどね。

休日には、灯台で記念撮影をしている人を見掛けることもありますが。




近付いて来ました。

上は阪神高速4号湾岸線。

伊東静雄 「燈の光を見つつ」

史跡 旧堺燈台

堺旧港の突端に位置する旧堺燈台は、明治10(1877)年に建築された建物です。所在を変えずに現存する木造洋式燈台としては、わが国で最も古いもののひとつとして、昭和47(1972)年に国の史跡に指定されています。
建築にあたっては、土台の石積みは旧堺港の港湾整備とあわせて備前国(現在の岡山県)出身に石工・継国真吉がたずさわり、建築工事については、堺在住の大工・大眉佐太郎が行いました。また灯部の点灯機械は、横浜の燈台寮よりバービエール社(フランス)の機器を購入し、英国人技師ビグルストーンがおこないました。
建築費は2125円、点灯機械購入には約360円を要しました。それらの建築資金は、堺市民(当時は堺県)の寄付と堺県からの補助金によりまかなわれたことが知られます。

その後約100年、大阪湾を照らしつづけましたが、沖に向かって広がる埋め立てのためその役目を果たさなくなり、昭和43年(1968)にはその灯りを消すことになりました。

平成19年に完了した保存修理工事では、内国勧業博覧会後リゾート地として、大浜一帯がにぎわった明治時代の末から戦前の燈台の姿へ、復原整備を行いました。

史跡 旧堺燈台の整備

平成13年から19年まで実施した保存修理工事により、燈台の建築当初の姿が明らかになりました。(1)灯部は八角形 (2)1階には外壁・床板なし (3)2階と3階の外壁は縦板張り (4)6本の柱は石積みの中に約2m埋め込まれていた建物であることがわかりました。

また、燈台に隣接していた検潮所(潮位をはかる施設)は、今回の周辺整備にともない撤去したため、詳細な記録を残しました。



定番写真。

正面。

コンクリの燈台より味があって、私は結構好きです。

後ろから。

灯部の海側は遮光されていますね。

ライトアップの際、中が光るので海側に光が漏れないようにしているのかもしれませんね。

庇や窓もいい感じです。

屋根の紋章?

何なのか気になりますね。

柵というか、手摺がありますからあそこにも行けるのかな?

我々が行けるのは、海の日頃の一般公開の時に入れる1階までですね。

一番上にあるのは避雷針ですかね。

あれも当時のものなんでしょうか。




だそうですが、イベントのことはよく分かりません。

あんまり興味をそそられない絵。

堺の観光PRと堺旧港の賑わい創出を目的として堺市が設置しているようです。

この近くには道路を挟んで大浜公園があります。

日本一低い山(蘇鉄山)や史跡っぽいものもあるので、興味のある方は行ってみてもいいかもしれませんね。



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